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思想

AIが「見て、聞く」時代に。それでも、あなたの悩みは解けない

AIの進化は「入力の入り口を増やす」方向に進んできましたが、情報量が増えても個人の課題は解けません。情報を「一般情報」と「個人の情報」の2種類に分け、次の競争軸が「いかに個人を理解しているか」に移る理由を書きます。

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「AI時代の分かれ道」全3回シリーズの第1回です。 ① 情報には2種類ある(この記事) ② 情報疲れの正体と、その奥にあるものもう一人の自分を育てるという選択

先日のGoogle I/Oで、メガネ型のデバイスが披露されました。かければ、AIが私たちと同じものを見て、同じ音を聞き、目の前の世界についてその場で答えてくれる。翻訳も、道案内も、目に入った商品の説明も、視線を向けるだけで返ってくる。素直に、すごい時代になったと思います。

ただ、その発表を眺めながら、私の頭にはひとつの引っかかりが残りました。

「情報を、これ以上増やして、どうするんだろう」という引っかかりです。

AIに「もっと見せれば」、答えは良くなるのか

ここ数年のAIの進化は、大きく見ると一つの方向に向かっています。それは、AIに与える情報の入り口を増やすという方向です。

最初はテキストだけでした。そこに画像を読む力が加わり、音声を聞く力が加わり、そしていよいよ、私たちの視界そのものをリアルタイムで取り込もうとしている。メガネ型デバイスは、その流れのいちばん新しい入り口です。

背景にある考え方は、とてもシンプルです。AIにできるだけたくさんの情報を渡せば、返ってくる答えの質も上がるはずだ——という発想です。入力を増やせば、出力が良くなる。直感的にも、正しそうに聞こえます。

実際、この数年のニュースを思い返すと、AIの話題のほとんどが、この「入力をどこまで広げられるか」をめぐるものでした。より長い文章を、より多くの画像を、より複雑な音声を。そしてついに、私たちの視界そのものへ。競争はずっと、"入り口"の取り合いだったのです。

でも、視覚も聴覚も「Webの延長線上」にすぎない

ここで一度、立ち止まってみます。

メガネ越しにAIが取り込む情報は、たしかに新しい入り口から入ってきます。でも、その中身は何かというと——目の前の看板、商品、風景、すれ違う会話。それらはほとんどの場合、すでにWeb上のどこかに存在している、一般的な情報です。

つまり、視覚も聴覚も、結局はこれまでWebにあった情報の延長線上にあるものでしかない。入り口が増えただけで、流れ込んでくる水そのものは、これまでと同じ性質の水なのです。

たとえば、メガネが映した街角のカフェについて、AIが教えてくれること。それは、口コミサイトのような評価や、メニューや、いまの混雑状況でしょう。便利です。でも、それは世界中の誰がそのメガネをかけても、ほとんど同じ答えになります。そこには「いまのあなたが、本当に、いま、そのカフェに入るべきか」という視点が、すっぽり抜け落ちている。

これは、AIに渡す情報量を増やすための作戦です。そして情報量を増やす競争は、それ自体としては間違っていません。けれど、その競争がどれだけ進んでも、決して埋まらない場所があるのです。

情報量の多さと、あなたの課題解決は、別の話

ここが、今日いちばん伝えたいことの入り口です。

情報量が多いことと、あなたの目の前の課題が解けることは、まったく別の問題です。

世界中の旅行情報を一望できるAIがあったとして、それは「今のあなたが、この週末に、どこへ行けば気持ちが軽くなるか」には答えてくれません。世界中の食事の知識を持っていても、「最近のあなたが、何を食べると調子がいいか」は知らない。

情報の絶対量をどれだけ増やしても、その情報があなた個人の文脈に接続されない限り、返ってくる答えは、誰に向けても同じ顔をした一般論のままです。

賢いのに、自分のことには的外れ。多くの人がAIに対してうっすら感じている物足りなさの正体は、たぶんここにあります。

情報には、2種類ある

そこで、情報というものを、いったん2つに分けて考えてみたいのです。

ひとつは、世の中に絶対量として大量に存在する、一般的な情報。ニュース、商品スペック、レシピ、各分野の知識、ハウツー。誰にとっても同じ姿をしている情報です。

もうひとつは、あなただけに紐づいた、あなた個人の情報。あなたが何に疲れていて、何に繰り返し惹かれていて、何を先延ばしにしていて、どんなときに後悔するのか。世界にひとつしかない情報です。

たとえば、「睡眠の質を上げるには」という問いを考えてみます。①の一般情報としての答えなら、AIはいくらでも返せます。寝る前のスマホを控える、部屋の温度を整える、カフェインを減らす——どれも正しい。でも、それは「あなた向けの答え」ではありません。②の側、つまり「あなたが実際に、どんな夜によく眠れていたか」という情報につながって初めて、答えはあなただけのものになります。

この2つは、性質がまるで違います。そして——ここが見落とされがちなのですが——AIの賢さが効いてくる場所も、まったく違うのです。

一般情報は、巨大企業に任せればいい

①の一般情報。これは、莫大な計算資源を持つフロンティア企業——世界の最先端を走る巨大AI企業——の得意分野です。世界中の情報を、広く、浅く、片っ端から飲み込んでいく。ここで個人や小さな作り手が彼らと正面から戦っても、勝ち目はありません。

そして、戦う必要もないと私は思っています。一般情報をかき集めて整理する仕事は、それができる人たちに任せればいい。広く浅くは、彼らの役割です。

私が立っているのは、「狭く深く」の側

一方で、②のあなた個人の情報は、性質がまるで違います。広く浅く集めても、絶対に届かない。むしろ、狭く、深く、特定の領域に潜り込んでいかないと取れない情報です。

私はこれまで、個人で、筋トレや読書や家計簿といった、それぞれ非常にニッチなアプリをいくつか作ってきました。どれも、世界を相手にするような規模ではありません。けれど、ニッチだからこそ、その領域でしか取れない深い情報があります。

筋トレのアプリは、その人がどう体と向き合っているかを知っている。読書のアプリは、その人がどんなテーマに繰り返し反応しているかを知っている。家計簿のアプリは、その人が何に価値を感じてお金を使うかを知っている。

そして、それらを複数組み合わせていくと、一つの領域だけでは絶対に見えなかった「その人」の輪郭が、少しずつ立ち上がってきます。

たとえば、読書のアプリが「最近この人は、健康や食生活の本によく反応している」と知っていて、家計簿のアプリが「ここのところ、外食がやけに多い」と知っていたら。その二つを重ねるだけで、「本当は自炊したいのに、できていない」という、その人自身もはっきり言葉にしていなかった姿が、ふっと浮かび上がってきます。一つの領域の中に閉じていたら、絶対に出てこない解像度です。

広く浅くを得意とする巨大企業にとって、この「狭く深く×複数領域の横断」は、むしろ模倣しづらいものです。大きさでは勝てない側が持てる、数少ない強み。私はそこに賭けています。

なぜ、巨大企業はここに踏み込みにくいのでしょうか。理由は、彼らのビジネスが「できるだけ多くの人に、共通して当てはまること」を相手にしているからです。最大公約数を取りにいくのが、規模で稼ぐ側の合理になる。一人ひとりの細部に深く潜るのは、その合理とは相性が悪い。だからこそ、ニッチで深い領域は、構造的にいつも後回しにされ続けます。そこは、小さく深く作る側にこそ残された土地なのです。

次の競争軸は、「いかに個人を理解しているか」

ここまでをまとめると、こうです。

情報量を増やす競争は、もう大きな決着がつきつつあります。誰が世界中の情報を一番たくさん飲み込めるか——その勝負は、巨大企業の間で続いていく。

でも、その先に来るのは、別の軸です。それは、**「いかにその人個人を理解しているか」**という競争軸です。どれだけ物知りかではなく、どれだけあなたのことを分かっているか。情報の量ではなく、理解の深さ。次の時代の価値は、こちらに移っていきます。

想像してみてください。同じ「おすすめ」でも、あなたが先月から何に悩んでいたかを踏まえた一言と、誰にでも当てはまる一般論とでは、受け取ったときの重みがまるで違います。前者には「自分のことを分かってくれている」という手応えがある。これからのサービスは、この手応えを作れるかどうかで選ばれていく。私は、そう見ています。

そして、これは作り手だけの話ではありません。受け取る私たちの側にも、「どのAIに、自分のことを託すのか」という、これまでになかった選択が立ち上がってくる、ということです。

メガネ型デバイスが見せてくれた未来は、たしかにわくわくするものでした。でも本当の分かれ目は、入り口の数ではなく、その情報が「あなた」に接続されているかどうかにある。私はそう考えています。

ただし、それを正面から邪魔する「壁」がある

ここまでだと、きれいな話に聞こえるかもしれません。個人を深く理解するAIが育てば、私たちの暮らしは良くなっていく、と。

でも、現実はそう単純ではありませんでした。

この「個人を理解する」という方向には、それを正面から邪魔する、とても大きな壁があります。しかもその壁は、どこか遠くの誰かが意地悪で作ったものではなく、私たちが毎日あたりまえに浴びている、ごくありふれた仕組みの中に、静かに埋め込まれている。

次回は、その壁の正体——多くの人が「情報疲れ」と呼ぶものの、本当の奥にあるものについて書きます。


次回:② 情報疲れの正体と、その奥にあるもの

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