「AI時代の分かれ道」3回シリーズ(① 情報には2種類ある/② 情報疲れの正体/③ もう一人の自分を育てる)の続編です。
以前、「AI時代の分かれ道」という3回の記事で、自分を理解してくれるAIを"育てる側"に回ろう、という話を書きました。今日はその続きとして、少し意外な角度から——「お金」の話をします。
といっても、節約の話ではありません。むしろ、節約のことは一度、忘れてください。
私が書きたいのは、お金の使い方というのは、あなたが何を大事にしているかの、いちばん正直な証拠だ、という話です。
口では、なんとでも言える
人は、自分のことを意外と知りません。
「学びが大事だ」と言っている人が、実際の支出を見ると、本にも講座にもほとんどお金を使っていなかったりする。逆に、「自分は普通の人間ですよ」と言っている人が、よく見ると一冊一冊に、ちゃんと時間とお金を注いでいたりする。
言葉は、盛れます。見栄も、願望も、その場の気分も混ざる。
でも、お金の使い方は、嘘をつきにくい。何に、いくら払ったか。そこには、あなたの優先順位が、そのまま出てしまいます。だからお金のデータは、「自分を理解する」うえで、かなり強いシグナルになります。
面白いのは、自分でも気づいていなかった価値観が、ときに支出のほうに先に出ていることです。「最近なんとなく元気が出ないな」と思っていた人の家計を眺めてみたら、半年前まで月に何度もあった"人と会う"ための支出が、いつのまにかぱたりと消えていた、というように。気持ちは曖昧でも、お金の動きははっきり残ります。支出は、ときに本人より先に、その人の状態を知っているのです。
家計簿は、いつから「反省する場所」になったのか
ところが、お金を記録する道具——家計簿アプリを開くと、なぜか少し、後ろめたい気持ちになりませんか。
「今月、思ったより使ってるな」「あの買い物、無駄だったかも」「来月はもう少し抑えないと」。
よく見ると、多くのアプリは、私たちがそう感じるように"できて"います。予算を超えたら警告が出る。先月より使うと赤く表示される。月末には、反省点のようなものが並ぶ。便利な機能に見えますが、その多くは「使いすぎを反省させる」方向に最適化されている。
これは、作り手が意地悪だからではないと思います。「節約こそ正しい」という前提が、誰にも疑われないまま、いつのまにか家計簿の"標準"になってしまっているからです。でも、お金を記録したい人の全員が、節約したいわけではありません。
私自身は、節約したいというより、ただ自分のお金の使い方を知りたい、というほうが近い。何にどれくらい使っていて、それが自分の理想に近いのかを、ときどき眺めたい。それだけなのに、開くたびに「使いすぎ」と言われると、だんだん目的からずれていく感じがします。
そして、人間の脳は、嫌な気分になる場所を避けます。開くたびに責められるアプリは、長続きしません。つまり——自分を知るためのデータが貯まりはじめる前に、私たちはその場所から離れてしまうのです。これは、ものすごくもったいない。
お金は「管理する数字」ではなく、「自分を知る手がかり」
だから、見方を一度、ひっくり返してみたいのです。
- 本にお金を使っている → 学びを大事にしている
- 外食に使っている → 人との時間や、食べることを楽しみたい
- ジムに使っている → 健康に投資したいと思っている
- ライブのチケットに使っている → 体験や、好きな表現者を大事にしている
これは、反省すべきリストではありません。あなたが何を大事にしているかを映した、自己紹介です。
お金の使い方を、責めるためではなく、理解するために眺める。たったそれだけで、家計簿は「気が重い場所」から「自分を知る場所」に変わります。
そして、眺める場所になると、不思議と続きます。楽しい場所に人は通い、嫌な場所からは離れる。家計簿も同じで、開いて気分が下がらないなら、自然と開く回数が増える。続くからデータが貯まり、貯まるから自分のことがもっと見えてくる。責めない設計は、ただの優しさの話に見えて、実は"自己理解が続くための条件"なのだと思います。
ただし、支出ひとつだけでは、意味が決まらない
ここに、もう一段だけ、大事な話があります。
お金の使い方を見ても、それ単体では、投資なのか浪費なのかは、実は決められません。
- 月に5万円を本に → 投資? それとも、積読が増えているだけ?
- 月に3万円を外食に → 楽しみ? それとも、自炊できないストレスの発散?
- 月に2万円をライブに → 大切な体験? それとも、何かからの逃避?
金額だけでは、その意味は確定しないのです。意味を与えるには、別の文脈が要ります。本にいくら使ったか × どれだけ読んで、何が残ったか。外食にいくら使ったか × その時間に、何を感じ、誰といたか。
——この感覚、前のシリーズを読んでくださった方は、覚えているかもしれません。「情報には2種類ある」「一つの領域だけを見ていても、人は自分のことを分かれない」。お金も、まったく同じです。支出という一つの窓だけでは、足りない。複数の領域が重なって初めて、その支出の意味が立ち上がるのです。
領域をまたぐと、「自分の中の連動」が見えてくる
複数の領域がつながると、こんな景色が見えてきます。
- 本にお金を多く使った月は、思考の整理も進んでいる
- ライブに行った月は、その後の数週間、やりたいことの進みが良い
- 外食が増えた月は、たいてい運動量が落ちている
こういう"自分の中の連動"は、家計簿だけを見ても、健康アプリだけを見ても、絶対に分かりません。領域をまたいだ瞬間に、初めて地形として浮かび上がる。
なぜ一つのアプリでは見えないかというと、それぞれのアプリは、自分の担当範囲の中だけで世界を完結させているからです。家計簿は支出の中で、健康アプリは歩数や睡眠の中で。境目をまたぐ視点を、最初から誰も持っていない。だからこそ、その境目をまたいで見てくれる存在には、一つひとつのアプリにはない価値が生まれます。
しかもこれは、占いでも、世間の一般論でもなく、すべてあなた自身のデータから出てきたものです。だからこそ、効きます。
いちばん大事な一線:見せるけれど、命じない
ここで、私がこのテーマでいちばん大切にしたい、一本の線の話をさせてください。
「外食が増えた月は、運動が減っている」。——これは、見せます。
でも、「だから外食を減らしなさい」とは、言わない。
私は、この一線がすべてだと思っています。
相関を気づきとして"置く"ことと、「こうしろ」と"命じる"ことは、まったく別の行為です。前者はあなたの視界を広げ、後者はあなたを動かそうとする。同じデータを持っていても、どちらへ倒すかで、テクノロジーの性格は正反対になります。
世の中の多くのサービスは、データを「あなたを動かすため」に使います。だから私たちは少しずつ、"指図される側"でいることに慣らされていく。でも、本当にあなたを理解した存在が持つべき姿勢は、その逆のはずです。判断するのは、いつでもあなた。AIの仕事は、あなたが自分で判断するための材料を、責めずに、静かに差し出すことです。
言ってみれば、テクノロジーには2種類あります。あなたを**"変えようとする"ものと、あなたを"理解しようとする"もの**。前者は反省させ、後者は観察する。私たちはこれまで、前者に囲まれすぎていたのかもしれません。
そして、"変えようとする"テクノロジーには、隠れた代償があります。前のシリーズで書いた「情報疲れ」です。よかれと差し出される提案も、命令の色を帯びた瞬間、断るのに体力が要るようになる。一日に何十回も「こうしたほうがいい」と言われ続ければ、人は疲れて、やがて何も受け取らなくなる。観察するテクノロジーが静かなのは、性能が低いからではありません。あなたを疲れさせない、という設計上の選択です。
(この「反省させる技術と観察する技術」、そして「見せるけれど、命じない」という一線の話は、大事なところなので、シリーズの続きでそれぞれ一本ずつ、じっくり書くつもりです。)
もう一人の自分に、最初に渡す教材は「お金」がいい
前のシリーズで、自分を理解したAI——「もう一人の自分」を育てよう、という話をしました。
では、その"もう一人の自分"に、最初に何を教えればいいのか。
私は、お金の使い方が、最初の教材としてとても優れていると思っています。理由は、ここまで書いてきたとおり、いちばん嘘がないからです。あなたの価値観が、いちばん素直に出ている。
しかも、これは早く始めるほど効きます。価値観は、一日では見えません。何にお金を使い、それがどんな月だったか——その積み重ねが、あなたという人の解像度を、少しずつ上げていく。早く貯めはじめた人から、自分のことを本当に分かってくれる存在を、手にしていきます。
渡すといっても、特別なことは要りません。いつもどおりお金を使い、それを記録していくだけです。難しいのは、たいてい"続けること"のほう。だからこそ、責めない記録であることが、ここでもう一度、効いてきます。
おわりに
お金を、「管理して、減らすべき数字」として見ると、家計簿は、反省の場所になります。
でも、「自分が何を大事にしているかの、正直な記録」として見ると、それは自分を知るための、いちばん確かな手がかりになる。
同じ数字でも、見方を変えるだけで、お金との付き合い方は、わりと根っこから変わります。
私はいま、その考え方で、HubWalletという家計簿アプリと、そうした記録をまとめるDoubleHubというサービスを作っています。責めない家計簿として単体でも使えて、いずれ"もう一人の自分"が、あなたの価値観を理解するための「お金の窓口」になる。そういう作りにしています。(アプリの詳しい話は、HubWallet・DoubleHubのページにまとめています。)
でも、今日いちばん持ち帰ってほしいのは、アプリの話ではありません。見方のほうです。
あなたの支出は、反省材料ではなく、いちばん正直な自己紹介。次に家計簿を開くときは、ぜひ「責める」ためではなく、「自分を知る」ために、眺めてみてください。
この続きとなる「反省させる技術 vs 観察する技術」「見せるけれど、命じない」の各記事も、順次このブログに掲載していきます。