「AI時代の分かれ道」全3回シリーズの第2回です。 ① 情報には2種類ある ② 情報疲れの正体と、その奥にあるもの(この記事) ③ もう一人の自分を育てるという選択
前回、私たちは「情報には2種類ある」という話をしました。世の中に大量にある一般情報と、あなただけに紐づいた個人の情報。そして、次の時代の価値は「いかに個人を理解しているか」に移っていく、と。
その上で、最後にこう書きました。この方向を正面から邪魔する、大きな壁がある、と。
今回は、その壁の話です。たぶんあなたも、毎日うっすら感じているはずのものです。
おすすめが、止まらない
少し、自分の一日を思い出してみてください。
朝、スマホを開けば、SNSが「あなたへのおすすめ」を並べてきます。メールボックスには、登録した覚えもあるようなないような通知が積もっている。動画アプリも、ニュースアプリも、買い物アプリも、全部が全部、「これはどうですか」「次はこれです」と差し出してくる。
そして最近は、AIを使うたびに、そこへさらに情報が積み上がります。何かを調べれば、関連する話題が次々と提案される。便利なはずなのに、開いたタブも、気になった記事も、後で読もうと思ったものも、どんどん溜まっていく。
供給される情報の量は、AIの登場で、明らかにもう一段増えました。
おかしな話です。便利な道具が増えたはずなのに、楽になった実感より、追い立てられる感覚のほうが強い。それはたぶん、増えたのが「道具」だけでなく、「処理しなければならないもの」のほうでもあったからです。
便利になったのに、なぜか疲れる
検索は、AIのおかげで本当に楽になりました。以前なら何ページもめくって探していたものが、一言聞けば、整った答えで返ってくる。
でも、よく考えると、楽になったのは「探す」ところだけです。
「その情報が、いまの自分に本当に必要か」を判断する仕事は、まるごと自分の側に残ったままなのです。むしろ、出てくる量が増えたぶん、判断しなければならない回数は、前より増えている。探す手間が減った分を、選ぶ手間が静かに食い尽くしている。
そして、選ぶという行為は、思っているよりずっとエネルギーを使います。一回ごとは小さくても、判断の回数が増えれば、人は確実に消耗していく。便利さの裏で、私たちは前より多くの判断を、知らないうちに背負わされているのです。
AIが間に入ると、「断る」のが難しくなる
ここに、もう一つ厄介な変化が加わります。
AIが間に入ると、本来は興味のなかったものまで、妙に魅力的に見えてくるのです。
理由は単純で、AIは情報を、きれいに整え、あなたに合わせた言葉づかいで差し出すのが得意だからです。同じ提案でも、素っ気ないリンクで出されるのと、「あなたにはこれが合うと思います」と滑らかに語りかけられるのとでは、受け取り方がまるで違う。気づかないうちに、少しバイアスのかかった状態で、情報が心に入ってくる。
以前は、もっと簡単でした。興味のないページは、そっと閉じれば終わりだったのです。けれど今は、閉じる前に「いや、これはこれで良いのかもしれない」と一度思わされる。その小さな引き止めが、一日に何十回も積み重なっていく。
しかも、AIの提案は、たいてい「あなたのことを考えました」という顔をしてやってきます。だから、無下にもしづらい。本当はいらないのに、断る自分のほうが心が狭いような、小さな後ろめたささえ生まれてくる。情報を受け取る側に、いつのまにか感情の負担まで乗っかってくるのです。
結論が、少しずつズレていく
そして、肝心なところです。
AIがあなたという人間を深くは理解していないと、丁寧に返してくれる結論は、少しずつズレます。一般論としては正しい。でも、いまのあなたには合っていない。そういう提案を、滑らかな言葉で、何度も受け取ることになる。
たとえば、ただ少し疲れているだけの日に、「あなたにおすすめの副業」「いまこそ始める資産運用」「キャリアを見直すための一冊」が、次々と並ぶ。どれも、世間的には正しい話です。でも、いまのあなたに必要なのは、たぶんそのどれでもなく、ただ早く寝ることだったりする。一般論として正しい提案ほど、的を外したときに、静かに人を追い詰めます。
一つひとつは小さなズレです。でも、合わない提案を浴び続けるのは、思った以上に消耗します。
これが、「情報疲れ」の正体です
気づけば、こうなっています。
おすすめを開く気力がなくなる。通知をまとめて消すのが習慣になる。新しい情報が来ても、「どうせまた、自分には関係ないやつだろう」と、最初から心を半分閉じてしまう。
これは、ただ忙しいから疲れているのではありません。自分に合わない情報を、断り続けることに疲れているのです。そしてこの疲れがたちが悪いのは、だんだん「情報そのものへの感度」を鈍らせてしまうところにあります。
本当に必要な情報、本当に自分のためになる一言にも、反応できなくなる。AI時代の恩恵を、いちばん受け取れない状態に、自分から入り込んでしまう。とても皮肉な話です。
そして厄介なのは、この鈍さに、自分ではなかなか気づけないことです。感度が落ちていることにすら気づかないまま、「最近、なんだか何を見ても響かないな」と、ぼんやり感じている。情報疲れは、痛みのない不調のように、静かに進んでいきます。
なぜ、こうなるのか——「起点」の問題
ここで、一段引いて考えてみます。
なぜ、おすすめはこんなに溢れ、しかも少しずつズレるのでしょうか。AIが賢くなれば、いつか解決する問題なのでしょうか。
私は、しないと思っています。なぜなら、問題はAIの賢さではなく、レコメンドの起点にあるからです。
あなたに届くおすすめの、ほとんどすべて。その出発点は、あなたではありません。情報を発信する、企業側の都合にあります。
SNSのアルゴリズムは、あなたの滞在時間を伸ばすために動いている。買い物アプリの「あなたへのおすすめ」は、あなたの趣味のためというより、購買額を増やすために最適化されている。ニュースの見出しは、読み手のためというより、クリック率のためにチューニングされている。
「あなたのため」と書かれている。でも、本当のベクトルは、**「あなたから何かを受け取ること」**のほうを向いている。これは陰謀ではなく、ビジネスの構造として、そうなっているだけです。広告で稼ぐなら滞在時間に、販売で稼ぐなら購買に最適化される。当たり前といえば、当たり前なのです。
そして、ここが大事なところです。発信する側が企業の一方的な都合で動いている限り、このズレは、受け取る私たちがどれだけ賢く振る舞っても、構造的に解けません。一人ひとりの努力では、土台のほうを変えられないからです。
少し想像すると、分かりやすいかもしれません。もし、あるサービスの売上が、あなたが本当に満足したときにだけ増える仕組みだったら、そのサービスは、きっと余計なおすすめを出すのをやめるはずです。逆に、あなたが何を見せられても、滞在さえしてくれれば売上が立つなら、画面はおすすめで埋め尽くされる。同じ会社、同じ技術でも、起点がどこに置かれているかだけで、出てくるものは正反対になる。問題は、人の善し悪しではなく、起点の置きどころなのです。
これは、個別企業の問題ではない
誤解しないでほしいのですが、私は「企業が悪い」と言いたいのではありません。
善意で、本気でユーザーのことを考えている会社は、たくさんあります。問題は、個々の企業の良し悪しではない。もっと根の深い、その下にある構造そのものにあります。
私たちが生きているこの経済のしくみは、人ひとりの幸福度よりも、「いかに資本を効率よく回すか」を先に置くように、最初から設計されています。だからこそ、どんなに善良な会社でも、その土台の上に立っている限り、レコメンドの起点はいつのまにか企業側へ引き戻されていく。個人の善意では抗いきれない、力学が働いている。
はっきり言ってしまいます。資本主義では、あなたの幸福度は、最初から組み込まれていない。
これは誰かの陰謀ではなく、この仕組みが生まれたときからの、設計上の前提です。だから、どれだけ「あなたのため」という言葉を浴びても、その設計図の中心に置かれているのは、あなた自身ではないのです。
幸福と、資本。この2つは、いまの構造のままでは、なかなか共存できません。私は、これが現代の最大の課題だと思っています。
そして見過ごせないのは——AIが今、この古い構造を、これまでよりずっと速く、より滑らかに回すための道具として使われようとしていることです。本来なら私たちを助けられるはずの技術が、搾取を加速する側に、立たされようとしている。
でも、ここで終わる話ではありません
ここまで読んで、気が重くなった方もいるかもしれません。けれど、私がこのシリーズで本当に書きたいのは、その先です。
構造が見えたなら、それは絶望ではなく、むしろ出発点になります。見えていなかったものが見えた瞬間から、人は初めて、それを選び直せるようになるからです。
私たちは今、AIに何を任せ、誰の利益のために動かすのかを決める、ごく短い時間軸の中にいます。技術が個人の意思決定にこれほど深く介入する局面は、歴史上ありませんでした。
ただし、これは個人に不利な話だけではありません。AIという技術は、長く積み上がってきた搾取の構造を逆転させる手段を、はじめて個人の手に渡そうとしています。
その逆転の可能性を、私たち一人ひとりはどう手にしていけばいいのか。次回は、その話を、できるだけ具体的にしていきます。